こんにちは、hacomono メカハードエンジニアのURAと申します。
hacomonoではSaaSのサービスと連携したIoTハードウエアの製造も行っており、QR入退館リーダーや水素水サーバーの連携など、QRコードをフックとした認証が繋がる仕組みやデバイスの製造も手掛けております。

私たちの製品、とりわけロックQR(QR入退館サービス)で提供しているデバイスは、会員証となるQRコードを持っている人のみ施設内に入れるようにし、QRを持っていない人は通さないというセキュリティ関連製品です。
ハードウエアにおけるセキュリティとは
💡 セキュリティとはどういう意味ですか?
AI による概要セキュリティとは、「情報やシステム、財産などを、不正アクセスやサイバー攻撃、災害などさまざまな脅威から守ること」です。IT分野では特に「情報セキュリティ」を指すことが多く、機密情報が漏洩したり、データが改ざんされたりするのを防ぎ、いつでも必要な時に情報を使える状態を保つことが目的です。
とある。セキュリティそのものの語源として、安全保障というニュアンスがありますが、ハードウエアにとっての安全保障とは何だろうか?これをハードウエアに置き換えて考えると、
企業のコア技術(設計思想、材料情報、製造技術)などの設計機密情報を、リバースエンジニアリングや模倣品製造、不正な改ざんといった脅威から戦略的に守ること
というような内容になるだろうか。
ハードウエアにおけるリバースエンジニアリング
💡 リバースエンジニアリングとは?
AI による概要完成した製品やソフトウェアを分解・解析し、その構造、機能、動作原理、設計や仕様といった情報を明らかにすることです。通常の製品開発プロセス(フォワードエンジニアリング)とは逆のアプローチであるため、このように呼ばれます。
とある。ハードウエアエンジニア人生を歩んできた中で筆者個人として、ハードウエアのリバースエンジニアリングに対する脅威とは、単にパクリ以上に、製品にまつわる動作機序や構成部品などの組成から、おおざっぱな原価に至るまでつまびらかにされてしまい、技術や知財の流出による利益損失、市場競争力の喪失や、ブランド価値の失墜を招くものと理解しています。
私たちの製品に置き換えて考えると、入退館のシステムが第三者によって悪意をもって破壊され、施設への不法侵入をゆるしてしまう脅威、さらには製品自体の模倣など。致命的な脅威はすぐ隣り合わせであり、私たちのサービスの根幹を揺るがすものです。
ハードウエアセキュリティの歴史
内容物を守るという営みの源流として改めて調べてみると、鍵の歴史は紀元前4000年前の古代エジプトにさかのぼるとされ、外側のカバーで中身を守る手段として、伝統的な工芸品類にも見ることができます。

- キーシリンダー:特定の鍵やツールでしか動作を許さない、「物理的な認証システム」
- ほぞ組み木(組子細工):釘や接着剤を使わず、複雑な構造だけで「再現の難しさ」と「アッセンブリ性の妙」を実現する
- からくり箱(秘密箱):決まった手順を踏まなければ開かない「分解手順の秘匿」
「容易に構造を看破させないことで内容物を守る」というエンジニアリングの歴史を礎に、現代まで連綿と発展を遂げてきた一大分野です。
ハードウエアハックに対する防衛哲学
形あるものはいずれ全て壊れる、そして製品は全バラすれば構造解析が可能であるという現実。電子部品の配置やパターン解析、成型痕からの金型構造の解析は、ハードウエアエンジニアにとって、技術を磨くための「生きた教科書」であり、イノベーションのインスピレーション源でもありました。前提としてこれらの営みは先行者へのリスペクトを持ち、先行者の利益を侵害しない範囲においてのみ許される不文律として黙認されてきた側面はあります。
しかし、ローエンドCADの普及や設計の簡素化、インターネットへのノウハウのアップロードにより、ものづくりのハードルが下がる一方で、リバースエンジニアリングのハードルもまた劇的に下がっています。分解した製品画像をAIに読ませることで構造の類推もされるでしょう。この安易な設計トレンドは、技術の空洞化とセキュリティリスクの増大も同時に招いているように思います。
私たちハードウエアエンジニアが守るべき「内容物」の定義には当然「設計情報」も含まれるのです。
これらの大局的な潮流を本質的に防ぐ手段はなく、一度世に出たハードウエアはリアルタイムにアップデートできない以上、私たちの防衛戦略は、性善説に頼らず「解析されることを想定した防衛」を設計段階から仕込むことが中心となります。
改ざんの痕跡による抑止構造を組み込み解析者に負い目を強いる(痕跡が残ることで悪意ある解析者や不正なクレームに対し「開けようと思って開けたよね?」を突きつける手段を私たちの設計に仕込む)
解析が割に合わないほどのリソースをハードルとして強いる(コストがかかる分解、構造の秘匿化)
など、ありとあらゆる妨害・遅延工作が求められます。
今回はメカニカルエンジニアリングの構成要素である「材質・形状・作り方」の3つのレイヤーで製品の模倣に対して取りうる手段にフォーカスし、代表例を以下にまとめています。
※ここでは、特許などの法的な防御には踏み込まず、純粋にハードウェアにまつわる技術的な項目に限定して解説します。
① 材質(材料)の壁:「分析困難性」の追求

大手メーカーでは独自配合されたオリジナル樹脂材を持つことがあります。自社にとって最も都合の良い材質特性のものを独占使用できることもさることながら、他社が模倣することは極めて困難であり、ましてや個人レベルでのリバースエンジニアリングなど事実上不可能な領域です。
💡 [TIPS] ウイスキーにおける「配合の価値」
近年、ジャパニーズブレンデッドウイスキーは世界市場で価値が認められており価格が高騰したニュースは記憶に新しいですが、その価値を支えるコアバリューは、熟成や蒸留の技術に加え、「どのような原酒を、どのような割合でブレンドしたか」というレシピにあります。これは、成分分析しても完全に解析できない「配合の分からなさ」が下地としてあり、それにより作られた風味の豊かさがブランド価値を形成しています。
メカニカルセキュリティにおける独自配合材の追求も、まさにこのブレンデッドウイスキーのバリュー構造と同じであり、材質そのものに知的財産権に匹敵する価値を持たせるための戦略です。
材質の壁は、基礎研究領域への投資や多額の資本が必要ではあるものの、コア技術のブラックボックス化を直接的に実現する手段です。リバースエンジニアリングの最終段階で模倣者を断念させ、AI時代にも通用する最も強力な抑止力となります。
独自材へのこだわりとSPECの戦略的利用
一般的なカタログスペックの材料で妥協するのではなく、「技術者たるもの、無いものは作れ」という哲学に基づき、材質そのものを究極の障壁とします。
独自配合材の戦略的追求:
一般的なプラスチックの汎用材を生のままでは使わず、フィラー、添加剤、着色剤を独自に調整して配合に複雑性を持たせます。他社が高額な成分分析(ガスクロマトグラフ/質量分析、FT-IRなど)をしても、正確な配合比を特定できず、再現を困難にします。成型機シリンダー内でのブレンドではなく、ペレットやコンパウンドから作る:
混ぜむらを防ぎ、安定的な外観品質、材料特性を確保しながら、同時に模倣を困難にすることができます。独自材でしか実現できないSPEC:
汎用樹脂ではSPECを満たせないが、自社材では満たせるような評価軸を仕込む。構造計算などを特定の試験方法でのみ得られる高精度でニッチな物性値に依存させて行います。模倣企業は、分析結果が分かっても、その高精度なSPECを満たす材料を安定調達・保証するために、特殊な試験設備への投資やサプライチェーンへの投資を強いられます。
② 形状(意匠・構造)の壁:「再現困難性」の追求

外観の美しさを保ちつつ、金型・成型ノウハウを最大限に活かす構造的な難易度と、非破壊分解の難しさを組み込む、二重の防御です。「この形は実現可能な形状なのか?」と相手に思わせることが設計者としての腕であり、技術の差が防衛性能に直結します。
💡 [TIPS]ペットボトルキャップはメカニカルエンジニアリングの結晶
ペットボトルキャップは金型からネジ山を無理抜き(強制離型)するという高度な成型ノウハウで製造されており、ボトルの開栓時にキャップ本体とリング部であるブリッジが破壊されることでタンパーとして未開封性を保証、しかも再密閉までできる。身近な事例でありながら見れば見るほど凄いことをしているのです。
この密封性確保と同時に破壊も保証する材質と形状のバランスは一朝一夕では作れず、材料の柔らかさ、スリットの繋ぎ部分の寸法、無理抜き可能な構造という三位一体での試行錯誤がかなりの回数あったはずで感嘆せずにはいられません。
意匠の裏に潜む金型ノウハウとタンパーの仕込み
複雑な意匠による製造難易度の設定:
CADファンクション一発で実現できる簡単な意匠を避けることが肝要ですが、フラットデザインのトレンドもあります。意匠面側はシンプルでありつつ非意匠面の内部構造と金型設計の技術で勝負するという土俵に推移しています。複雑な内部形状も肯定的に捉え、模倣企業にノウハウの障壁と高額な金型費というハードルを設けることで、技術的な再現性を阻みます。組みバラシ困難な構造設計:
分解時には破壊を伴う不可逆なラッチ機構や、一度組むと外れない逆テーパー構造のスナップフィットを採用し、タンパーエビデントな物理セキュリティとして機能させます。
さらに、ネジ穴やラッチを、製品の底部やラベル下など、表面から見えない場所に戦略的に配置し、リバースエンジニアリングの最初のステップである「分解点の特定」を遅延させます。
③ 作り方(製造・アッセンブリ)の壁:「ノウハウ依存性」の追求
製品だけでなく、製造技術そのものにノウハウを埋め込むことで、模倣者に「作る技術がない」状態を作り出す防御です。「どうやって作っているのか想像すらできない」状態を作ることで模倣者に製造技術に対する深い造詣や知識を強要します。
💡 [TIPS]回転アセンブリ
特定の回転軌跡を絡めて製品を組み上げることで、通常では組み上げられない軌跡上の干渉を避けながらASSYを可能にする手法に回転ASSYという手法があり、高度なアセンブリレイアウト技術が必要です。これが応用されているものに知恵の輪のパズルなどがありますが、特定の向きにセットした部品同士を回転を交えた特定の軌跡で操作することで、はじめて分解が可能になるパズルですね。
実は、hacomono製品でも回転ASSYを採用して組んでいる製品があります。これによりネジの本数を大幅に削減し、意匠性を高めたり、工程を削減する工夫を実装しております。
治具への依存と不可逆な接合による抑止
不可逆な接合プロセスによる時間稼ぎ:
ネジ接合を避け、溶着、接着、熱カシメ、封入など、分解に破壊を伴うプロセスを要所に採用します。これにより、模倣者に解析コスト(製品の消費)を強いると共に、非破壊解析の難易度を劇的に引き上げます。治具/手順への依存:
特定の治具なしには組み付けも分解も困難な嵌合構造を採用します。製造ラインでは専用治具で効率化する一方で、リバースエンジニアリングでは治具の代用が難しく、手作業での分解・再現を妨げます。秘密のアッセンブリ手順の組み込み:
からくり箱のように、特定の順序や方向を踏まなければ部品が嵌合しない/取り外せない手順を設計に組み込みます。これにより、ノウハウの欠如によるプロセスタンパーとして機能します。
まとめと今後の展望
私たちハードウェア技術者が追求してきたリバースエンジニアリング対策は、以下の3レイヤーそれぞれによる防御壁で構成されています。
- 情報のブラックボックス化:分析困難性(材料設計)
- 技術的再現性の壁:製造難易度の設定(意匠/構造)
- 物理的バリア:組みバラシ困難性(アッセンブリ・構造)
これらの物理的防御を、「知財の壁」(特許、意匠権、営業秘密)と併用することで、セキュリティの総合力を飛躍的に高めることが可能です。(※本稿では詳細割愛)
設計者への提言:コア技術を守る「戦略的な投資」
メカニカルセキュリティのための設計は、コストや製造難易度の上昇を伴います。しかし、これは単なるコストではなく、企業のコア技術と競争優位性を担保するための「戦略的な投資」であり、この領域にかける熱意の差こそがプロとしての仕事です。
AI時代のリバース対策においては、材料工学のような見えない領域を仕込める知見をもったエンジニアの価値が一層高まると予見できます。設計者は、リバースエンジニアリングしにくい構造や複雑な意匠を、「面倒な仕様」ではなく、「特許や意匠の種」という視点で捉え、どんな小さな関連技術でも貪欲に吸収し設計に活かすことが重要です。
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